2006年8月21日

迷わず行けよ。行けばわかるさ

僕はオーストラリアで迷ったときに(オーストラリアという事情を理解しておりかつ、比較的意見が一致しているので)唯一相談できたのが、まごしどの管理人さんでした。

でもいつも言われるのが
「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ」
です。

僕ももちろんこの言葉は知ってました。ただ猪木がなんか言ってワーワーってやっているだけのもので意味なんて考えもしないし、ナンセンスなことだとさえ思ってました。

しかし今改めて、この言葉の意味と生きる上での重要性や理にかなっているってことが感じてきています。

物事はやってみなければ答えはわかりません。しかし後悔はどちらにしてもつきものです。人生、社会人として学生を卒業してから一本で働き続けるのも一つの人生。そしてレールをはずれて生きるのも人生です。どちらが日本社会では社会不適合者なのか、何が正しいのか、それは誰にもわからないものです。なんでも自分が思ったことをやる、そしてやったことが確実に経験になり、今後の人生に大きく道を開くのだと感じています。人生でもっとも悪いのが何もしないことです。道を外そうが信じて必死にやることがいけないことだとは僕は思いません。

もし自転車の旅をしたいけど、いつか!と悩んでいる方。本当に「いつか」でいいのか一度考えてみてください。人生は平均寿命で終わるわけではないということもきちんと頭に入れるべきです。平均寿命はあくまで平均ですから。

自分にも何度も言い聞かせるときがありますが、一度の人生、やってダメなら元に戻せばいいだけ。一度もやらないのは何も生まない。そう思って自分もがんばっています。皆さんもぜひ迷っているのであればやってみてください。少なくとも自転車の旅は、終えてからかなりの実感と自信に繋がると思います。

2006年8月15日

日本語と英語

帰国してからもう4ヶ月。もう少しで5ヶ月になる。帰国してからいろいろと片付けてこの8月からは本格的に英語の勉強をスタート。

このブログでもどこかで書いてあると思うけど最初のうちは「日本で住むのに何で英語が必要なのかわからない」と言っていた自分が今勉強している。

あまりに足りなかった英語力。自分に不足しているのは英文法の力と感じたので徹底的に勉強している。少なくとも今の段階では最低大学受験に通用するレベルまでは引き上げたい。そして将来的には資格で高い位置を取りたいという気持ちはあるが、何より大事なのは、TOIEC800以上でも会話は不自由な人が現実にはいることだ。

そう、英語という資格の勉強に対応できた人が高得点を取れるか、本当にマスターしている人が取れるかの二つがあるわけだ。自分は会話ができないで資格としてあるだけは無意味だと考えている。あくまで話せた上で資格という結果がほしい。

なのでそのような感じで日々勤しんでいるわけだ。

しかし今になって思うのは、まごしどの管理人さんに出会ったことは大きかったと思う。やはり目標が終わった瞬間でもあった。その時に真っ先に「うはっ英語が話せてかっちょええ」と思ったのが火付けになっている。人との出会いは人生や価値観も変えるモノなんだね。


さてそんな英語を毎日やっていると、日本語の良さもわかるし、違いもはっきりしてくる。ただやはり大事なのは英語という言葉そのものを受け入れるしかないんだなと感じてくる。つまり日本語はこうだから、英語はこうなんだという覚え方だと頭の中で混乱する。英語はこういうモノというシンプルな感覚で覚えていっている。

しかし日本語の文法の自由さはとにかく楽だ。主語や目的語などが少し変わっても接続詞などでほぼ同じ意味ができるし、難しく考えない。ただ英語はこれが違う。

では、英語圏の人が日本語を覚えるのと、日本人が英語を覚えるのではどっちが大変なんだろうかと疑問に思った。個人的な結論としてはだ、日本人が英語を覚える方が簡単であるという結論に達した。

その理由は、義務教育のうちからやっていくという身近さや日本語化された英語など覚えやすい所が多いことや、字の形は覚える手間がほとんど無いこと。

逆にオーストラリア人が難しいだろうと思う点は、会話は比較的簡単だと思う。特に自然な会話をするにはそう難しくない気がする。最大の問題は漢字だ。日本語で漢字が使えないのであれば実際には仕事は一気に限られる(肉体労働系に)。逆に言うと中国人なんかは働きやすかったりするのかな??どっちにしても漢字というハードルは高いと思う。

ただ、どちらもすごい簡単というレベルではないし、ネイティブに近づくのなら日々勉強をしなければダメだとは思うけど。


しかし英語の勉強で一番苦労するのは、この英文が正しいのか判断しようがないことだ。テスト形式の勉強方法はどうしても変な感じになる。(使われない英語)更に融通が利かない。様々な表現があり、通じればいいという所もある。テスト形式ではなく、別の判定方法があればとてもおもしろいとは思うけど厳しいね。

一番言われるのが本を読むこと。これが英語の使われ方を学ぶには一番いいようだ。ただ自分はそこまでは到達してないのでまだまだその前にすることだらけだけど。

2006年8月13日

自転車のタイヤの消耗

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この写真載せましたっけ?忘れました。確認もだるいし

これを見ればトレッド面があとどの程度残っているかがわかります。

実際には生地部分とゴムが混ざっている箇所があるので、使えるところは黒の所すべてではありません。

パースとシドニーのビーチってどっちが白いか

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こちらを見てください。右側がパースです。
左側がシドニーのボンダイビーチの砂です。

そう、とりあえずこの砂で見る限りにはパース(インド洋)側の方が白い砂浜なんです。

まこしどさんに載りました!!

言いたい放題自分勝手な部屋:第24回目に私のことが掲載されています。ヽ( ̄▽ ̄)ノ ナハハ♪

懐かしいなぁ~なんて思います。最初で最後の僕の旅を見た日本人だと思います。少なくとも変な格好&荷物とかは他に見た人は居ないと思うし。

あの日、本当にゴールしたんです。最終的なゴールはボンダイビーチまででしたけど、そんなのたかがしれた距離でしたから。なんとも言えない感情が湧いてきます。感動とかそんなレベルじゃなくて、それもあるけどやっと終わった安堵感とか。

懐かしかったです。しかしオージーって横断も信じないんですねぇ。一周している人達ってどうなっちゃうんでしょうか。。。┌┤´д`├┐

すべてのデータを掲載します。

考えてみたらGoogle Maps で公開していたらGPSのデータなんて隠していたところでなんの意味もないことに気がつきました。

それなので、私が持っている全データを公開します。

GPSは若干のズレはあると思いますが、基本的には電波が完全に入るところで取りましたので、10m以内だと思います。離れていても20mから30mで、それ以上の誤差はないと思います。

あと最初の方と後の方では書き方が異なりますし、自分用に取ったものなので見にくいかもしれません。ただ同じルート付近を渡る方には便利な情報だと思いますので乗せておきます。かなり長いので次のページですべてまとめておきます。

なお最後のSydneyはやや情報が変わっています。というのもまごしどさんの家に宿泊させていただきましたが、自宅の位置がわかってしまいますので、記録してません。(消したわけではない)なのでそのデータはホテルの位置になってます。そして、ゴール地点も記録はしてません。どこかブログ内には書いてあると思うけど。。

あと
・時間
・タイム
とありますが、「時間」はサイクルコンピューターの時間です。つまりこいでいた時間ですので、休んでいる時間は停止されてます。「タイム」は出発から終了までの時間です。休んでいる時間等をすべて含みます。

続きを読む "すべてのデータを掲載します。"

2006年8月11日

最近知ったオーストラリアへの誤解

まずわかってはいたけど、オーストラリアの食糧自給率って230%もあるんだね。現在の最新は知らないけど280%とかも見かけた。スゲー。ちなみに日本は40%。おわっとる。

次に大学の進学率は日本よりはるかに上。進学率と学力が必ず一致するとは思えないし中身は知らないけど、進学率は高い。

次に平均寿命は世界第二位らしいね。日本に次いでだった。だけど日本も下がっているし、今のオーストラリア人が今の老人と同じように生きられるとは考えづらい。もちろんこれは今の日本にも言えるけどね。どっちにしても医療レベルの高さの象徴とも言えるから誤解はあったみたい。

ということです!。まあ資源も食べ物もあって紛争・核なども無縁だし、いい国だけど…永住権がほしいとは思わないね。出稼ぎはあってもいいけど、永住はしたくないな。死ぬのなら日本で死にたいと思う。

その理由は、オーストラリアは人口が少なすぎてマーケット規模が小さいことで競争が起きづらいから。この部分は個人的には大きい。

とはいっても永住権なんてハードルが上がりすぎて取れないけどね。リタイアですら簡単じゃないのにね。(未だに簡単に、そしてすぐに行けると思っている人が多いみたいだけど…。テレビと違って他文化で生活するつらさって知らないんだろうなと思う)

2006年8月 6日

良く聞かれるけど、もうやりたくないですよ

よくこの話をすると「またやりたいと思う?」と良く聞かれる。

確かにこの手の人ってのは元々そういう放浪癖というか旅好きな傾向があるんだと思う。ヨットで太平洋横断!とか、登山とかあの手のも全く同じだと思う。好きだからやっている。

でも自分は明らかにそのタイプではないことはやっているうちからわかっていた。

一回きり!!それで続けたようなものだ。


確かに旅は自由だ。そして毎日が変化して、毎日に刺激がある。退屈な繰り返しの人生とは全く異なる。

でも、旅だけがそうなのだろうか。自分は違うと考えている。

人それぞれだが、一つの専念するタイプもいれば、他の道にも同じ物があると考えて範囲を広げ追求するタイプもいると思う。もちろん全くそんなことは考えもしないタイプも存在する。どれが正しいとかはもちろんない。それぞれにメリットもデメリットも存在する。


自分はどちらかといえば広げていくタイプだ。ある程度の結果を出せば、次へ乗り換える。旅だけが自由ではない。様々な自由や刺激は存在する。

だから自分は、自転車の旅はもうやらない。

経験したことを否定せず、それは良い経験として今後の人生に生かすだけで、それに縛り付けられるような生き方も自分はしたくないからね。

最も自転車の障害になる物は「風」

自転車の旅で何度も書いたけど、最も辛かったのは風である。この風というのは本当に嫌な物だ。

実際、神経質になっていたものという意味では、自分の場合水よりも上に来る。

なぜ水よりも風が重要なのかというと、風が追い風であれば、速度は一気に上がる。空気抵抗がなくなるし、目的の町まで一気に行けてしまうから水にそんなに神経質になることはない。逆に追い風。どの程度かにもよるがかなり強い風だと、予定よりも到着時間が数時間変わってくる。水には持てる限界があるので、風をみてその日の計画を立てるようにしていた。

天気も重要ではあるが、突然の雨は避けられるものではないし、一日雨であれば休むしかないので、それはそれで割り切っていたためそんなに神経質にはならなかった。

では追い風なら必ず良いかというとそうではない。追い風ということは空気抵抗が薄くなる。体温はこの空気抵抗で下げている部分があるので、追い風になると体温が下がりにくく、上昇する。上昇すれば汗が出るため予定以上に水を必要としてしまう。特に暑い日は確かに予定よりも進むが、水が予想以上に減っていったりする。

同じような物で坂があるが、坂は違う。上に行けば涼しくなっていく事も一つだけど、何より上がればそれだけ下れる。そう考えれば辛いけど風ほどではなかった。

強風はすべてを無にする。何もメリットがない。

あまりの強風の日はとっととやめて休んだ方が絶対にいい。無理しても翌日に疲労が残るだけでろくなことはない。

2006年8月 2日

よく会った人達に言った言葉

自分はよく旅で会った日本人に「体力的に今の年齢が最後だから横断をやった」という話をしました。が!この表現は、自分より年齢が多い人達には『んだったら俺たちどうなっちゃうわけ?』みたいに言われてしまいました。

確かに嫌味っぽく聞こえるかもしれませんね。もちろんそんな意図は全くないんですが。野球好きだと30代でもまだまだと思うでしょうが、サッカー好き(やっている人)なら少なからず20代の後半にさしかかると、多くの選手が肉体的なピークに達することは知っているでしょうし、維持はできても伸ばすことは難しくなっていくということもし知っているでしょう。

だからといって自転車(チャリダー)は持久力なので年齢あまり関係ないのは事実。

ただそれはあくまで自分が50歳60歳でどこまで体力をキープし続けられるかという問題。自分は正直な話自信はないです。

そういう意味で言いました。

しかし、精神的にも肉体的にも若いからこそ挑戦できることだと思います。人は必ず老い、そして体力は落ちます。これは誰もが避けられないものです。ピークがどこなのか、どこで諦めるのかは人それぞれの価値観やトレーニングなどで変化はしますが、基本的には若い人には勝てません。自分はそれを強く意識した上で踏み切りました。いや正しくは、そうして追い込まなかったらやらなかったんだと思います。

自分をそう思いこませたからこそ、できたことだったと思います。

なので、この言葉を聞いた方がそれを覚えているのなら、気にしないで下さい。