誰のためのBlogか
人それぞれBlogを立ち上げる目的は違うだろう。実際に2/3の人は三日坊主でやめていくという数字もあるし、更新の頻度も1/2ぐらいの人が三日に一度は更新し続けるようだ。RSSで気に入ったBlogで見ていても、更新されなくなる所は本当に多い。特に始まって三日目と、三ヶ月ぐらいは鍵でそこで止まったブログはそのままになってしまう気がする。
自分は三日目はクリア、三ヶ月目はまだだがクリアできるだろう。
しかし誰のためなのかというのは鍵になっていくと思う。
自分の場合は自分のためだ。
人のためじゃない。人のためというのはあくまで結果的な目標に過ぎない。つまり自分のために残し、それが人のためになればいいだけで、書いている理由そのものはは人のためではないのだ。
もしある日、人のために尽くすのがバカらしくなったら、やめるのではなくアクセス禁止の措置を執り自分と知人だけが接続できるようにする。自分のためだから他人に妨害されて屈するなんてアホらしくてしてられない。
なので基本的には見たくないやつは見るな!と思うし、自分も気分を害すようなブログやホームページは反論するのではなく見ないで解決する。というかこれがネット社会なんだと思う。
他にも自分のための日記もある。これは完全な日記で完全非公開になっている。こちらはもっと自由に書いているし、隠すほどの事は載せてはいないが、読むと厄介な事になりそうなことは結構書かれてある。しかし人のために書いているものではなく自分の記録に過ぎないから、アクセス禁止にしてある。
ネット上に置く理由は、記録を引き出すために置いてある。つまりどこででも何か思い出したときに使うため。
ではなぜブログを続けて、日記も続けるのかと言われたら、日記の方にも旅行に関する事は書いてあるし、特設してある。内容はここでは書けないほど細かい計画で、ブログは大筋に過ぎない。まだまだ公開していない情報は山のようにある。
つまり使い分けている段階なのでどちらも必要だ。
日記と同じ形式で配信すればいいのではと言われれば、確かにそうだと思う。検索システムだってなんだって自由に付けられる。カテゴリーわけだってなんだって思いのままにできる。
しかしウェブログというものを長期間扱った経験がなかったので良い機会だと思ったことが切っ掛けだ。
感想は自由度はなく使い勝手が悪い。XHTMLとCSSで作成してした方が自分には向いているとつくづく感じる。
が、批判ばかりではない。やはり優れているので使うのをやめない。特に管理という観点ではとても便利だ。本来なら一つ一つを作成し直す手間も、一括で処理してくれるし、様々な変更もその一括処理で片付く。
更にブログを立ち上げて良かったことは、ネットでは流れていない情報、つまり経験や口コミといった情報が、手軽に入り横に繋がることだ。これは非常に便利と言わざる得ない。
掲示板のように馴れ合いが起きると厄介だが、ブログはそのエントリーに対してコメントを寄せたりするだけに、2ちゃんねるでいう「スレ違い」みたいな雰囲気も出るし、管理者自身がどういう物にしたいかにもよるのだろうが、意図的にコントロールできるという点では非常に面白いと思う。
どっちにしてもよく「つまらない記事が流れすぎで、Googleが役立たない」とか迷惑がる声もよく聞く。しかし情報なんてすべての人が必要とする情報の方が少ない。誰かにとって役に立ち、誰かにとっては邪魔にしかならない物が情報という物だ。
なので自分は自分のために書き続ける。それだけ。そんな他人の顔色ばかりうかがっていたら、生きるのではなく死ぬしか選択が無くなるしね(笑)。
ただ実際には自分もだろうけど、あまりに一言とか内容の薄いブログが多く存在するのは事実だね。関係ないのにトラックバックしたりしてリンク目的だけとか。自己満足はいいけど、他人を不快にさせてまでリンクを増やしたいとは思わないけどな。。自分は。
関係ないが、他のブログサービスを利用している人ってフォントサイズは変更できないのだろうか。そんなことはないと思うし、背景を含めて自由にある程度は変えられると思うんだが、無頓着なのか無関心なのか無知なのかは知らないが、あまりに小さく見にくいのにそのまま公開している所が多々ある。
小さい字は確かに省スペースでたくさん表示させられるが、一定以上の小ささはただの見にくいにしかならない。その上、背景色とフォント色を考えずに変えられてあると最悪である。
一応公開するのであれば、最低人が見て見やすい最低ラインは守って欲しいものだと思う。本文のフォントサイズは最小でも12pxだろ。。。それ以下のフォントにしてある人は、相当視力がいいんだろうね。
