デリケートな会話
海外に行けば、日本人に対して全く無関心なタイプと、関心があるタイプがいると思う。あるタイプでは、たまーに「歴史・政治等」について何かを求めるタイプがまれにいる。
自分は若いときは、積極的に話してしまっていたが、今考えたら無視すればよかったとつくづく思うことが多々ある。あまり無責任にそういうことは話すべきではなかったと感じる。例えば自分が個人的に「こうだと思う」と言ったことは、ネットで『この間会った日本人がこういっていた』と書かれたら日本人=そう思っているかのように受け取られかねない気がする。
(世の中には海外に行くと「日本を代表して謝罪する」としてする奴がいるらしいが、自分には全く理解できない。)
決して問題から逃げたいとは思わないし、自分の考えはきちんと主張したいと思うが、仮にこれから出かけて海外で何か聞かれても返答は絶対にしないだろう。
というかいろいろと世の中を見て知っていくうちに、それが最も得策であるとよく感じる。思想・歴史・政治などに関しては非常に難しいデリケートな問題だし、言い合えばきりがなくなる。それぞれが何かを背負ってきちんとした意見やプライドがあるだろうし、あえて関わる事はないと思う。うまくサラッと逃げるのが得策。
更に宗教はもっとやっかいだ。日本は無宗教に近いだろうし、あまり宗教が生活から離れているが、これは日本が世界から見たら、かなりの例外な気がする。これに関しては本当に難しいので自分は最も苦手だ。キリスト教がなんなのかもよくわからないし、知りたくもない。しかし振られて答えに詰まると「そんなことも知らないのか」と言われることがある。更に宗教を信じている熱狂的な信者ほど、知らないことに対して『すばらしさを理解させよう』としたりするので厄介だ。
なので自分は無宗教とも言わないし、仏教です!とか嘘もつかない。別に特定の何かを信じているわけではないが、神社にはよくお参りする。何か信じているから行くんだろう。それが何の宗教かなんてわからないけど、神という存在を信じてはいるんだと思う。(神道ってやつか)だから無宗教みたいなもんだけど、神の存在は信じている…そんな感じで、相手の宗教を否定する事なく、自分にも信じているものがあるという立場でいくことにしている。
わざわざ説明するほど何かってものはないので、説明はできないけど、無宗教という考えはかえって厄介な印象はあるので、そうしている。(ほとんどの人が何かを信じている中で、なにも信じないというのはかえって、突っ込まれるというイメージがあるのだが)そもそも外国人に「八百万の神」という考えを理解させること自体無理だろうし、そもそも自分も深くは知らないし。
しかし多くの人はほとんど気にせず付き合ってくれる。そんなことを切り出してくるタイプの方が圧倒的に少ないが、たまにしつこい奴だとたまらんのはある。しかし振っている奴ほど、自分が反論できるから聞いてくるんだと思うのでやはり関わらないのが最も得策だろう。
政治・歴史・思想・宗教関係は、国内外問わずタッチしないのが一番得策!(考えない・知らないとは別で、あえて触れないのは大事だと思う)。
